ゼロの使い魔【魔を滅する転生者】

第10章:[飛び越える者 乗り越える事](1/38)

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冷や汗が止まらない。

震えが止まらない。

背筋に永久氷壁の氷をぶち込まれたかの如く、冷たいモノが奔る。


大導師マスターテリオン。

ナコト写本の精霊エセルドレーダ。

ブラック・ロッジと呼ばれる魔術結社を率いる、謂わば最高指導者とその無二のパートナー。

今まで、ユートは30メイルはあろうかという火竜や数十メイルの怪獣、果ては這い寄る混沌の欠片、魔術結社などの凶悪窮まりない存在と戦ってそれでも尚、立ち向かって征けた。

にも拘らず、マスターテリオンを相手にユートは怯えている。

確かに強大な相手だろう。

だが、這い寄る混沌とさえ対峙したユートが殊更、恐がる相手とも思えない。

「怯えずともよい。今宵の余は機嫌が良いのだよ」

「? 機嫌が……良い?」

マスターテリオンは大仰な手振りで腕を拡げ、宣誓するかの様に話す。

「フフフ、何しろ余の最大の仇敵にして、余を最も楽しませてくれる存在と相見えたのだからな!」

「(仇敵? 大十字九郎の事……だよな? って事は時間軸的に第二話が終わった辺りか……)」

マスターテリオンに恐怖心を懐きつつも、冷静な部分で思考する。

恐らくは丁度、デモンベインと素手で打ち合った時なのだろう。

だとすれば、元気に見えてもダメージを受けている筈である。

尤も、だからと言って勝つ事は疎か出し抜くのも無理っぽいが……

今のユートは、戦わずに済む事を祈るばかりだ。

「ふむ、余の名はマスターテリオン。このブラック・ロッジを統べる大導師也。此方は余の魔導書、ナコト写本のエセルドレーダだ」

「お見知り置きを」

マスターテリオンに紹介されたからか、白い肌と黒い服のコントラストが美しいエセルドレーダは、ペコリと小さく会釈して挨拶をしてきた。

「貴公の名は?」

「ユート……緒方優斗」

一瞬、ハルケギニアでの名を名乗り掛けたが、思い直して日本人として前世での名前を使う。

「ほう? 緒方優斗か……若しやすれば貴公、大十字九郎と同郷か?」

「大十字九郎が日本人だってんなら、そうだね」

飽く迄も前世での話に過ぎないとはいえ、やはり此方の方がしっくりときた。

「エセルドレーダよ、良い茶が有ったな。茶菓子と共に用意せよ」

「イエス、マスター」

一礼して下がるナコト写本の精霊、エセルドレーダ。

その仕草は優雅で、熟練されたメイドか執事の如く、気品と自信に満ち溢れているものであった。

「では案内(あない)しようぞ客人」

マスターテリオンに連れて来られた場所は、大きめのテーブルに白いクロスを掛けたモノがど真ん中に鎮座している。

邸にある様な貴族が普通に使うテーブルが有るなら、此処は食堂という事か。

「さ、座るがよい」

訝しみながらも言われるが侭に席に着く。

マスターテリオン程の力があれば、ユートを殺す心算があるなら直ぐにも可能。

それをせずに呼んだと云う事は、別に殺す気が無いのだと考えていい。

ユートとて弱くはないが、マスターテリオンと一対一(タイマン)を張って勝てるかと聞かれれば、ハッキリとキッパリと『勝てない』と答えよう。

理由は窮めて簡単。

戦士であり、騎士であり、武士でもあるユートは相手の強さを推し測る事が出来たりもする。

マスターテリオンと対峙した瞬間、ユートは彼の埋の闇に呑まれそうになった。

勿論、生命を懸けて戦わねばならぬなら、戦う事に否は無い。

どれ程に絶望的な戦いであろうとも……だ。

例えば、女神(アテナ)を護りし聖闘士が、軍神アレスや海皇ポセイドンや冥王ハーデスと直接、戦う様に。

例えば、大十字九郎とアル・アジフが正しく、マスターテリオンと戦う様に。

例えば、リナ・インバースが赤眼(ルビー・アイ)の魔王や闇(ダーク・)を撒(スター)くものと戦う様に。

例えば、例えば、例えば。

邪なる存在や魔なる存在と戦う者達は、理不尽な暴力と常に戦ってきた。

ユートもそうするだろう。

抑(そも)、ユートの世界に与えられ、更に自らが選んだ道とはそんな戦いの道。

此処でマスターテリオンと戦う理由も無く、あちらもマスターテリオンが自ら、ホストを務めるらしい。

カチャリ、陶器製のカップが載せられた同じく陶器製のソーサーが置かれる。

カップはブランド品であろうか、とても高価そうな代物であった。

ユートは庶民派とはいえ、仮にも貴族。

この手の物に触れる機会は幾らでもある。

王宮に招かれ、更に高価な茶器で紅茶を飲んだ事も少なくはないのだから。

カップからは湯気が上がって揺蕩っており、茶葉の薫りが鼻を突く。

「アールグレイをベースとして、柑橘類の果皮と矢車菊の花を加えたブレンドティ、レディグレイです」

「確かに、フルーティで爽やかな風味だね」

紅茶を口にしたからか、少しだけ精神が落ち着いた。

エセルドレーダがお代わりを淹れてくれる。

本来であれば敵対すべき、邪神の走狗たる2人を相手にして、少し大胆に過ぎるかも知れない。

だが腹が据われば最早、怯え続ける事もなかった。

「どうやら落ち着いた様だな、緒方優斗」

何処か愉し気な表情を醸し出し、マスターテリオンも紅茶を口に含んだ。

「貴方は愉しそうだね」

「愉しいともっ! 貴公は悠久なる刻の中に在って、初めての珍客。これを愉しまずしてどうする?」

嬉しい、愉しいと、そんな感情が本来なら空虚(うつろ)なマスターテリオンの瞳にありありと映る。

「(ああ、そうか……)」

無限螺旋という悠久の刻。

全ては円環の理の内、決して終わらぬ舞台劇を演じ続けてきた。

時の流れに埋もれし……を地で往くマスターテリオンは、大して変わらない世界に在り続けている。

螺旋(カドケウス)と円環(ウロボロス)を揺蕩いし、孤独な黒の王。

その空虚(うつろ)な心は、パートナーたるナコト写本エセルドレーダですら埋められない。

その狭間の刻に、元来なら存在し得ぬ存在が突如として顕れたのだ。

彼からすれば、何度も何度も繰り返されるドラマ番組の再放送を観ていたら、不意に新番組が流れたにも等しい珍事と言えよう。

ユートの存在はあり得ない介入。

其処から、何かしら変わるかも知れないという期待。

何の力も持たない人間なら兎も角、ユートから感じる力は決して小さくない。

何よりも、今までは大十字九郎とアル・アジフだけが彼の渇いた心を潤し、飢えた身を満たしてくれていたのが、新しい要因(ファクター)が現れたのだ。

そう考えたとしても不思議はない。

「それで、マスターテリオン……貴方は僕に何を望んでいるんだ?」

「何も……」

「え?」

意外な言葉。

てっきり何かを望むのだと思っていたが……

「貴公は寧ろ好きに動くがよい」

「好きに?」

「余の隣で邪悪を行うも良かろう、或いは大十字九郎の許で余に刃向かうも良いという事だ」

どうやら本当に好き勝手に動いて良いらしく、両極端な例えを出される。

「まあ、貴公は大十字九郎より余に近いと感じるが……な」

「……え!?」

「フム、何を驚く?」

如何にも不思議そうな眼で視てくる辺り、マスターテリオンは本気で言っているのだと感じた。

ユートがハルケギニアでやっている事は、マスターテリオンとは対極的な位置、大十字九郎のポジションである筈。

それなのに、ユートが白の王よりマスターテリオン……黒の王に近いと、他ならないマスターテリオン自身が言っている。

「(どういう……事だ?)」

戯言を言うタイプではないマスターテリオンの言葉なだけに、ユートは心を貫かれたかの如く衝撃を受けてしまった。



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